Imoto Sayuri (Painter)

Biography

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1988年生まれ、福岡県出身。
イモトサユリは、人の顔色を気にしてばかりで、NOと言えない子だった。一人遊びが得意で、石拾いなど好きなものは何時間でも夢中でするような子だった。一人遊びの1つ、絵は誰の目も気にせずに表現ができるから好きだった。美術の授業ではいつも、1人放課後残って描くほど強いこだわりがあった。そして、納得がいくものができた夕暮れの教室で味わう、スッキリとした爽快感が好きだった。

10歳のときに、好きなアイドルを上手に描きたいと人物模写を始め、思うように描けない難しさが彼女を夢中にさせた。
そんな彼女にとっての絵の先生は6歳離れた姉だった。姉は絵が上手だった。しかし姉は彼女の絵をなかなか褒めなかった。「バランスがおかしい」「線が汚い」と。いつも彼女は悔しい想いをし、いつか姉に認められたいという気持ちが彼女を奮い立たせた。学校では居場所作りのために、家では自分の心を解放するために絵があった。自分から声を掛けることが出来なかった彼女は、クラスメイトに「何描いてるの」「すごいね」と話しかけて欲しくて描いていた。彼女にとって絵を描くことは大切なコミュニケーションツールだった。

しかし、高校は美術の授業がなかったため、彼女は友達作りのきっかけを掴めなかった。居場所がない彼女は、人と一言も話さない日々が続く。
ある日鏡に映る自分を見てショックを受けた。死んだ魚と同じ目をしていたからだ。人と話さなくなった彼女は、言葉の代わりに毎日部屋で歌を歌い始めた。ときに怒りをぶつけ、ときに有名スターに変身して歌いながら何か答えを探しているようだった。

その後、音楽の専門学校に通い、卒業後は接客業に就いた。セールストークが上達していくのと同時に、マニュアル通りの言葉を話し、嫌いなものを好きと言わないといけないことがストレスに感じるようになった。誰かに操作されて生きているように思えた。電車の窓ガラスに映る自分を見ては"あの時と同じ目になっている。このままではいけない"という声がいつも聞こえるようになり、心の奥の本音がどんどん膨らんでいくのを感じた。「もう嘘をつきたくない・・・自分の言葉で人と関われる居場所をつくろう」そのときに思い浮かんだのが、絵だった。人を笑顔にできて、自分の心を表現できる唯一の方法。

イモトサユリが好んで描くのは「人」。それは彼女にとって悩みの原因であり、原動力にもなる存在。人の顔色を伺う癖も、彼女を通して見える「顔色」に描くことで楽しみに変換して、苦手なことも見方を変えると楽しめること」を体言している。「どんな人にもそれぞれの魅力がある」
それを見落とさぬようにじっと見つめて・・・色を重ねていくと、出来上がるときには絵の中の人を愛おしく思える。その感情こそが彼女の居場所。人に愛をもって関わることで、彼女は居場所を生みだそうとしている。

活動歴
2016年UNKNOWN ASIA 2016出展

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